popke は他動詞語根か?

金成マツのユーカラにはたびたび eshipopke という大変おもしろい動詞が出てくる。ただし述語としての用例はなく、

aeshipopkep わたしの着物
eeshipopkep おまえの着物
Poiyaumbe eshipopkep ポイヤウンベの着物

という名詞句の中に現れる。これらの名詞句は mi 「〜が〜を着る」とか uina 「〜が〜を取る」などの二項動詞の目的語になっている。

e-shi-popke-p は、「〜がそれもて自分を暖める物」という意味だと思われる。だから、a-e-shi-popke-p は「わたしがそれもて自分を暖める物」、e-e-shi-popke-p は「おまえがそれもて自分を暖める物」、Poiyaumbe e-shi-popke-p は「ポイヤウンベがそれもて自分を暖める物」というように解釈される。

しかし、popke は、普通、「〜が暖かい」という意味の自動詞語根だと考えられている。もっともその例としてあげられるのは、僕の知る限り、shir-popke 「大気が暖かい」しかないけれど。だが、上の a-e-shi-popke-p などでは、再帰接頭辞 shi- が popke の目的語に相当するものと考える他ないから、popke は「〜が〜を暖める」という意味の他動詞語根として機能していることになる。つまり、popke には、

「〜が暖かい」(自動詞語根)
「〜が〜を暖める」(他動詞語根)

という二つの意味があることになる。

1つの動詞語根が自動詞語根にもなり、他動詞語根にもなるというのは、アイヌ語では、極めてまれである。roshki が ash「〜が立つ」の複数形でもあり、ash-i「〜が〜を立てる」の複数形でもある、というほかにないのではないか。但し他動詞語根にもなり、複他動詞語根にもなる o というものもある。それぞれ、oma「〜が〜にある・入っている」とoma-re「〜が〜を〜に入れる」の複数形と考えられている。ちなみに oma-re の複数形 o は、唯一の複他動詞語根である。複他動詞語根はこれ以外にはない。

これらの動詞は、いずれも複数形で形の違いがなくなるものの、単数形では異なる形で示されている(ash/roski, ashi/roski, oma/o, omare/o)。したがって、単複の区別のない popke の場合と同列にはあつかえない。

あくまで popke が「〜が暖かい」という意味の自動詞語根だと考えるなら、「〜が〜を暖める」という意味は、popke が使役接尾辞をとった popke-re のような二項動詞で示されるべきである。そこで、「わたしの着物」は a-e-shi-popke-re-p のようになることが期待される。しかし a-e-shi-popke-p などは金成の書き誤りとされないだけの用例がある。使役接尾辞を伴う用例はない。これをどう考えてよいのか、まだわからないでいる。