アイヌ語の「沢」を意味する naj の語源

金成マツが書き残してくれたユーカラの一節に炉を海にたとえた次のようなものがあります。「沖」とは炉のまん中のことで、陸(おか)とは炉の縁のことです。*1

rep-o-usat 沖の火種を
ya-o-raye 陸にやり
ya-o-usat 陸の火種を
rep-o-raye 沖にやり
tu utursama ときどきを
re utursama あいだあいだを
otke kane 突き刺しながら
naipa kane ならしながら

訳は金田一先生のものを参照して作りました。火を掻き立てながらとつおいつ思案する情景です。

ところで最後の naipa (= najpa) について金田一先生はこのページの脚注で面白いことを書いています。

naipa 「すじを引く」(naye (= naje) の複数形)火箸で炉の灰の中へすじをつけたりした。因みに、神が地面へ指ですじを引いた、naye したのがすなわち nai (= naj)。

ささやかだけど面白い語源説話だと思いました。「川」を意味する単語に pet と naj があることはよく知られていますが、ぼくは pet が「水の流れ」で、naj がその水を流す樋(とい)にあたるものではないかと考えています。この説話はそれと矛盾していないだけでなく、積極的に支持するものでないかと思います。

なお「複数形」についてですが、上の文では主語が一人の人間です。でも、動作が繰り返されたり、目的語が複数の観念を示しているとき(ここでは直接言われてはいないけれど炉の灰に引かれた多くのすじ)、述語の動詞は、もし複数形をもっている動詞ならば、複数形となります。