樹木を意味する二つの単語

友人の高橋靖以君がいま翻訳しているアイヌの物語に poro chikuni hokush 「大きなチクニが倒れる」という句がありました.

僕は以前から,というよりも,この30年間ずっと ni と chikuni の違いが分からなかった.旭川の砂沢クラ氏に尋ねてもどちらも「樹木」であるような印象しか自分の頭の中に作れなかった.しかるに,けさ永田方正の『北海道蝦夷語地名解』を見ていると,

Chikuni 枯木 胆振国勇払郡ムカ{\footnotesize プ}川筋(地名解 240)

という記述に出会った.周知のように永田のこの書物には「雇い質したるアイヌ」の述べたことがふんだんに載っており,それがこの書物のもっとも価値あるところであるが,これもそういった例に違いない.残念なことに Chikuni という地名はこの一例のみで,また,chikuni を構成要素とする複合名詞的地名は不思議なことに一例もない.しかし,燃料としての樹木は主に倒れ木と流木である.ぼくは,樹木の伐採に関わる民族誌的な話は聴いたことがない.十勝の沢井トメノ氏の母,清川ネウサルモンの薪集めは二丁の手斧と鋸を用いて倒れ木から薪を取るというものであった.だから chikuni は燃料として位置づけられていたのかもしれない。

地名解のこの記述は実に貴重だ.ni が「枯れていない樹木」、chikuni が「枯れ木」(燃料となる)というように意味を分担していたのかもしれない。